『努力は必ず報われる!』
…とはいうものの、実際に努力をしたからといって、誰もが報われるわけではありません。
僕も30年以上生きているのですが、努力した分だけ報われたかと言われると、報われなかったことの方が多いです。
おそらくは、このことは人生をそれなりに経験してきた人なら理解していることかと思います。
とはいえ、すべてを諦めるわけではなく、それでも前に進もうというのが人間の性でしょう。
この手の類いは過去のブログで書いておりますので、どうぞ参考に…。
努力や練習は過去の自分を超えるためにおこなう
2016年に出たメタ分析(科学的に信ぴょう性がかなり高い)では、スポーツの世界における努力の重要性は全体の18%しかないとのこと…。
ちなみに、この数値はむしろ高い方で、勉強なら4%、専門職なら1%です。つまり、一流や達人の領域に到達するには努力以外の要素が大きいということがわかったのです。
もっと掘り下げていきますと、過去の「練習とスポーツの成果の関係性」について調べた33件のデータをチェックしたことで判明した数値でして、
- 練習量と質は、スポーツに関して言えば全体の18%しか影響しない
- さらに、一流や達人といった類いのレベルになると、練習量と質は1%しか影響しない
という結果が出ています。
研究者も、『練習は大切だが、生まれ持った天才と一般人の差は、努力だけでは埋めることは難しい』とコメントしています。
練習以外の優劣を決める要因については、以下のようなものがあります。
- 生まれつきの性格(特に忍耐力)、競技を楽しめる能力
- 生まれつきのケガの耐性
- 生まれつきのプレッシャーの耐性
- 生まれつきの心肺機能
- 生まれつきの筋肉のつきやすさ
- 生まれつきの身長
つまり、ほぼすべてが『生まれつきの能力』の要素で占めています。
だからといって、「まったく練習をしなくても良い!」というわけでは、もちろんありません。
重要な点がありまして、研究者も、『個人にとって練習がムダだと言っているわけではない。誰でも練習をすれば上手くなる。ほぼすべて分野において、練習によりパフォーマンスが向上すること自体は間違いない。』と述べています。これはというと、『この研究は集団のなかでの分散を見ているところだ。』ということで、練習がまったくの無意味ということを言っているわけではないということです。
たくさんの練習によって、一流や達人の領域に到達している人も一定数存在していることです。
練習はあくまでも『過去の自分を超える』ためにおこない、競争の世界に身を置いているなら、自分の勝てる状況に持ち込む工夫が必要だと言えます。
僕にとって練習は、まさしく『過去の自分よりも向上する』ためにおこなっている次第です。
他人との比較ではない、自分のためにおこなっていることですね。
まあ、何をもって向上しているかという基準はあいまいですが、とりあえずは『なにかに取り組む』をしています。
形として残っていれば、とりあえずは向上している感は得られますからね。
今回取り上げたのはスポーツと練習との関係性の話ですが、これはあらゆることに言えることがわかっています。
他の人よりも先に進みたいなら工夫が求められますが、練習は怠らないようにしないとねっ!
【参考文献】
[The Relationship Between Deliberate Practice and Performance in Sports: A Meta-Analysis]